標識・説明・苦情対応 ― 民泊で近隣とこじれないために法律が求めている三つのこと
公開: |運営: ubusuna works
ゴミ出しの日を間違えた宿泊者がいた。夜中にスーツケースをごろごろ引いて帰ってきた。玄関先で写真を撮って騒いでいた。民泊をめぐって近隣から出る苦情は、たいていこの程度の小さな話から始まります。放っておいても、いつかは収まるだろう。そう考えたくなる気持ちはわかります。
ところが、法律のほうはそう見ていません。近隣とのもめごとを防ぐ手立ては、事業者の善意ではなく義務として書かれています。住宅宿泊事業法という法律の中に、三つ。宿泊者に説明すること、苦情に対応すること、標識を掲げること。しかも、そのうち一つを怠ると罰金がつきます。
泊まる人に、この家のルールを伝える
住宅宿泊事業法の第9条は、宿泊者への説明を義務にしています。何を説明するのか。条文の言葉では「騒音の防止のために配慮すべき事項」、それから「届出住宅の周辺地域の生活環境への悪影響の防止に関し必要な事項」です。
堅い言い方ですが、中身は生活の話です。夜は静かにしてほしい。ゴミはこの日に、この場所へ出してほしい。廊下や階段は共用部だから立ち止まらないでほしい。そういう、その建物に住んでいれば当たり前に知っていることを、初めて来た人は何も知らずに来ます。知らないまま行動した結果が、翌朝の苦情になる。
もう一つ、第9条には見落とされやすい条件があります。外国人の観光客が泊まる場合には、外国語で説明しなければならないと書いてあることです。日本語の紙を一枚テーブルに置いておけば済む、という話ではありません。
ここが大事
説明は「置いておく」ことではなく「伝わる形にする」ことが求められています。宿泊者が読める言語で、ゴミ・騒音・共用部の使い方といった具体的な行動として書けているか。ここを整えておくと、後の苦情がはっきり減ります。
苦情の電話を、あとで折り返してはいけない
第10条は短い条文です。周辺地域の住民からの苦情と問合せについて、「適切かつ迅速にこれに対応しなければならない」。それだけ。
この「迅速に」がくせものです。近隣の人が電話をかけてくるのは、たいてい困っている最中です。今まさに上の階がうるさい、今ゴミが積んである。翌営業日に折り返します、では対応したことになりません。深夜だろうと休日だろうと関係なく、その時間に応答できる体制がいる。個人で一軒を回している人にとって、これがいちばんきつい義務だと思います。
家主が同じ建物にいない、いわゆる家主不在型で、管理を住宅宿泊管理業者(=民泊の管理を代わりに引き受ける、国に登録した会社)に委託している場合はどうなるか。国土交通省の資料では、周辺住民からの苦情には原則としてその管理業者が直接対応する、とされています。委託した以上、夜中の電話も委託先が受ける。裏を返せば、委託先を選ぶときに見るべきは料金表ではなく、何時から何時まで、誰が、どの言語で電話を取るのかという一点です。
それでも、苦情を言いたい人が連絡先にたどり着けないことがあります。そのために国土交通省と観光庁が民泊コールセンターを置いていて、寄せられた苦情を担当の事業者や所管の自治体へ取り次ぐ交通整理をしています。つまり、あなたが電話に出なくても、話は消えずにどこかへ回っていく。自治体経由で戻ってきたときのほうが、話は面倒になっています。
玄関に貼る紙一枚に、罰金がついている
第13条は、届出住宅ごとに、公衆の見やすい場所へ標識を掲げることを義務にしています。様式は国土交通省令と厚生労働省令で決まっているので、自作のプレートで代用はできません。
この標識を掲げなかった場合、第76条第2号により30万円以下の罰金です。同じ条文には宿泊者名簿の規定なども並んでいます。説明義務や苦情対応義務と比べると、標識は貼るだけの作業に見えます。だからこそ後回しにされやすく、そして後回しにされたことがいちばん外から見えます。
見落としやすい点
家主不在型で管理を委託しているときは、標識に委託先の住宅宿泊管理業者の連絡先を明示します。管理会社を変えたのに標識が古いままだと、近隣の人はつながらない番号にかけ続けることになります。委託先の変更と標識の貼り替えは、同じ日にやってください。
法律を守っただけでは足りない街がある
ここまでが全国共通の話です。厄介なのは、自治体が条例で上乗せしてくることです。
新宿区は、事業を始めようとする人に対して、届出の7日前までに近隣住民へ書面で事前に知らせ、その結果を区へ報告するよう条例で求めています。法律にはない手続きです。届出の直前に思い出しても、7日前という期限はもう戻ってきません。
法律だけを読んだ場合
届出をして、標識を貼り、宿泊者に説明し、苦情に応じる。開始前に近隣へ知らせる義務は、条文には出てこない。
新宿区で始める場合
その前に、届出の7日前までに近隣住民へ書面で周知し、区へ報告する。ここを飛ばすと、そもそも段取りが崩れる。
自治体によって上乗せの中身は違います。始めたい場所が決まったら、法律より先に、その区市町村のページを見にいくほうが早い。これは順序の問題で、あとから知ると引き返せません。
三つの義務は、同じ一つの目的につながっている
冒頭のゴミ出しの話に戻ります。ゴミの日を知らせておけば起きなかった(第9条)。それでも出てしまった苦情に、その場で応じる相手がいれば終わった(第10条)。そもそも誰に言えばいいのかが玄関に書いてあれば、住民は区役所ではなくあなたに電話した(第13条)。三つはばらばらの義務のようでいて、近隣の人が困ったときに行き止まりにならないための仕組みとして、ひと続きになっています。
罰金がつくのは標識だけです。けれど、実務で事業が続かなくなる原因は、罰金よりも苦情の蓄積のほうだと私たちは見ています。根拠は単純で、苦情は自治体に集まり、自治体は条例を厚くするからです。新宿区のような事前周知の義務は、静かな地域から生まれるものではありません。この見立てが外れるとすれば、近隣対応を委託先が引き受ける形が広く定着して、個々の物件の苦情が事業者側で止まるようになったときです。
夜中の電話を誰が取るのか。決めていないなら、そこが最初に見直す場所です。委託先を比べるときは、民泊ビトの住宅宿泊管理業者データベースで、対応地域や体制を見比べてみてください。
参考にした資料は、e-Gov法令検索の住宅宿泊事業法、国土交通省の住宅宿泊事業法に基づく民泊の管理業制度について、新宿区の住宅宿泊事業と新宿区のルールについてです。
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